もりりんの子育て日記


by powerfulmoririn

生きる 2

従姉は石巻の海に近いところに住み、ある教室を開いていた。

二人のスタッフ、そして夫が手伝うその教室は、
その日も生徒たちが来ていた。

地震があったとき、彼女は用事があり違う場所にいたが、
強い揺れを感じ、教室のことを心配していた。
夫は生徒たちを帰し、彼女にメールをしていた。
「生徒、スタッフは無事に帰した。大丈夫だよ。」
しかし、夫はその場に留まっていたのだ。

彼女は毎日夫を探した。
避難所を、遺体安置所を、瓦礫の中を・・・。
毎日、毎日泣いて探した。

今となっては、なぜ留まったのか、
その行動の理由を語ってくれる本人はもういない。

ある日、県警のHPを見ていると夫の名前があった。
犠牲者の一覧にだ。
ポケットに身元のわかるものが入っていた。
夫は自宅から100mほど離れた場所で、泥に埋まっていたのだ。

どんな思いで、どれだけの涙を流して、彼女は夫と対面したのだろう。
後日、夫の行動を目撃していた人に話を聞くことができた。
夫は、屋根に登っていた。
もしかすると、そんなに大きい津波だとは思っていなかったのかもしれない。
いや、逃げても間に合わないと思ったのか・・・。
家に津波が達した時、その衝撃で家は傾き、夫は放り出された。
あとのことは、もちろん本人しかわからない。
彼女は言う。
泥に埋まってくれてよかった。
流されていたら見つからなかったかもしれない。

その後、彼女はまた教室を開いた。
しかし、虚しくて、もう何もかもが虚しくて、そしてやめた。
東京に住む娘のところに行き、全く違う仕事をして生きている。
石巻に戻ると、どこにも行けないという。
定年を迎えた夫と教室のないときはよくドライブをしていたから。
どこに行っても、彼を思い出す。

二年経った。
でも、テレビを見ていても、料理をしていても、
彼女の目はその物体を通り越し、
向こう側の何かを見ているような遠い目をしている。
そして、時折涙ぐんでいる。

10年ぶりに行った石巻。
親戚というのは集まるとホッとする。
温かい笑顔で私たちを迎えてくれる。
でも、その笑顔は以前のそれとはまったく違う。
つらいことを乗り越えた人だけが持つ、思いやりに満ちた笑顔。
そんな気がした。

人生観や自分自身の本質(根っこ)みたいな部分を、
強い衝撃で崩されたような旅行でした。
悲惨な出来事を、のどかな、本当にのどかな田舎の田園の中で聞き、
そのギャップに飲み込まれ、しばらく放心した状態でした。
そののどかな風景を次回から紹介していきたいと思います。
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by powerfulmoririn | 2013-05-08 08:40 | 考える