もりりんの子育て日記


by powerfulmoririn

もうひとりのお母さん

私の父は大正生まれ 
生きていれば92歳
満州からの引揚げ者

私が生まれたとき
2歳年下の奥さんがいた
「20歳くらい歳の離れた私の兄や姉」
のお母さんである

彼女は今年90歳
粋なきもの姿がとても素敵な女性で
麻雀を趣味に元気に生きている
美人で、快活で、外に出るのが大好きな人だ

私の母は、父とその前妻さんの家のお手伝いさんだった
私は、父とお手伝いさんとの間に生まれた
その後、離婚が成立し
彼女と私の母は、「前妻」と「後妻」 となったわけだ

そんな出生の秘密を、私は小さいころから普通に聞かされ
なんにも悩むことなく生きてきた
なぜなら、兄も、姉も、
そして前妻さんも、
私をすごく可愛がってくれたから
ずっと付き合いは続いているし、
父が亡くなってからも
「前妻」「後妻」「姉」「私」、4人できものを着て
たっぷりおしゃれして、
写真館で記念写真を撮ったりもした
私は、ずっと前妻さんのことも
「お母さん」と呼んでいる

前妻さんは半年に一回くらい、ふと私を思い出し電話をくれる
洗濯物をたたんでいた週末、その電話は鳴った
「久しぶり、元気だった?」 「変わりない?」 なんて、
いつものように話していたら、今日は用事があって電話したという
それは、「形見分け」の話だった

「上質な縮緬の白生地反物があるんだけど、それをおまえさんにと思ってさ
良い色に染めて、紋付きで仕立てなさい」
「そうそう、大島紬もね、ひとつあんたのサイズに直すね」
「私も90だからねぇ いつ何があるかわからない
春までに着れるようにしてやりたいねぇ」

なさぬ仲の私に・・・なんてありがたい話だろう

以前、親戚のおばあちゃんの言葉として紹介した
「動きなさい、やってみなけりゃわからない!」は
実は、この前妻さんの言葉
「ダメだと思ったらすぐに引きゃあいいんだ」
「引くのが下手な人は、人生うまくいかないもんだ」

たまに会って近況報告をすると、
彼女の経験した戦後のたくましい生き様を聞かされ、
そして心にぐっとくる言葉をさりげなく聞かせてくれる
私の人生の決断に、
その言葉の数々はかなりの影響力を持つ

お母さん、カッコイイよ
粋な人生歩んできたんだね

いただいた電話で申し訳なかったけど、
今までの感謝の気持ちを、言ってみた
「お母さん、私ね お母さんの言葉で決断してきたんだよ
ありがとう!感謝してるの、とっても」

「そうかい、そりゃ良かった
私はね、あんたが好きなの あんたは度胸があるからね」

好きって言われて、なんだか、涙がたくさん出た
幸せだなぁ 
私の人生に、こんなに素敵な人が関わっている
「私も、お母さん 大好き」 と言うと
「そうかい、そうかい」 と笑っていた

90歳のお母さん
まだ、聞きたい話や言ってほしい言葉がたくさんある
たくさん、会っておかなくちゃ
時間は待ってくれないから 
[PR]
by powerfulmoririn | 2013-11-10 09:59 | 感謝する