もりりんの子育て日記


by powerfulmoririn

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ふるさと 4

私が子供のころ、この牛舎にはたくさんの肉牛が飼われていた。
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母のお兄さんが生きていたころは、立派な肉牛を育て賞をもらったりしていたらしい。
その分、苦労もあったと思う。
夫婦そろっての旅行はできなかったと・・・
「牛を置いては出かけられないものねぇ」とおばちゃんは懐かしそうに話す。

小さいころ、たくさんの牛の間を歩くのが怖かったなぁ。
いきなり、「もぉ~~」と顔を近づけてきた牛に、「ぎゃっ」と言って逃げたことも。

おじちゃんが生きていたころ、ストーブの上で「ドジョウ」や「フナ」を焼いて
食べさせてくれたこともあった。
飲み込めずにいた私に、笑いながら
「無理せんでいいから、口から出せ」と言ってくれた。
いろいろと思い出しながら、子供たちと牛舎の中を歩いた。

いきなり、屋根で何かが歩く音が聞こえた。
「あっ、ネズミ!」 男性の手の握りこぶしくらいだろうか。
初めて見るネズミに子供たちは喜んだ。

時の流れの中で、変わっていくものがたくさんあるなぁ。
すっかり腰が曲がってしまったおばちゃん。
お嫁さんに来てから、この土地で生き、子を産み、家を家族を支え、
苦しみや、喜びとともに生きてきたんだ。
胸がきゅんとなる。

変わりゆくなか、心の中でしか残せないものがある。
反対に、残すことができる「もの」もある。 
これは、母がずっと「裁縫箱」として使ってきた竹の籠。
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母の伯父に当たる人が竹細工の職人で、子供の頃にもらったらしい。
70年以上前から母の手元にあるということだ。
ついこの間まで現役で働いてくれていた籠。
先日、私に受け継がれた。 
裁縫箱としては使わないと思うが、
持っているだけで心が温かくなる籠を、
私もまた子供たちに受け継いでいけたらいいな。

震災の体験談から始まった今回の石巻への旅。
「もりりんの思うこと」を、たくさん増やしてくれた旅でした。
おしまい(*^_^*)
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by powerfulmoririn | 2013-05-30 08:04 | 出かける

ふるさと 3

母の実家の近くには、小さな小さな神社があります。
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小学校低学年の頃、私は遊び相手がいないので
ひとり、この神社の鳥居をくぐり、小高い山の上の祠を見に行きました。
知らない土地の、知らない山道、
それは心臓が飛び出るほどの怖さでした。
私の中では、「ゲゲゲの鬼太郎」の世界に見えたのです。
二つ目の鳥居をくぐり、山道へ・・・
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今思えば、こんな道をよく一人で上ったものだ・・・(;^ω^)
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そして、ちょっと開けたところに出ると祠が・・・
怖いのに覗き込んだ記憶があります。
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その土地の人にとっては、何も怖いものでは無いのですよね(*^_^*)
家の庭にも、普通にお稲荷さんの小さな祠があります。
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そして、蔵も。
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この庭を撮影していた時、近くで「ザザッ!!」と音がしました。
北海道なら、狐か?と思うところですが、なんと野生のキジがいたんです。
しかもオスで、なんとまあキレイな羽の色♥
あまりのキレイさに見とれ撮影できずにいたら飛び立っていきました(泣)
神社の山にいた時も、「ケーン、ケーン」とキジの声が聞こえていました。
「ほーほけきょ(鶯)、ちゅんちゅん(雀)、んも~(牛)、ゲロゲロ(蛙)」
そして、いろいろな虫の声も。 自然の音って素晴らしい!!

夕方、山道を下る時に見えた夕日。 水田に映ってとてもきれいでした。
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by powerfulmoririn | 2013-05-28 11:04 | 出かける

ふるさと 2

連休の時期は田植えの時期と重なります。

私たちが帰る日に田植えをする予定でしたが、天気などを考慮した結果
一日早く行うことが決まりました!
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ビニールハウスの中で育った苗をトラックで運び、田植機にセットします。
従兄のお兄ちゃんが田植機を自在に操り、水田を端から苗で埋めていきます。
実は前日みんなで夜遅くまで呑んでいたので、ちょっと運転が曲がったり・・・
おじさん達に、「おいおい、まだ酔っぱらってんのか?」なんて笑われながら
頑張るお兄ちゃん(笑)
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いつもならこんなに大人数でやることはないのでしょうが、
法事のために集まっていた親戚が、笑いながら、楽しみながらの田植えとなりました。
長女もちょっとお手伝い。苗をのせるトレーを、次回のためにきれいに洗っています。
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それにしても、お兄ちゃんやおじさんたち格好良かったなぁ♥
泥だらけの作業着と真剣なまなざし・・・。
どんな仕事でも、その道のプロというのはすごいものですね!
その土地で生きることを決めた思い。
先代から受け継がれた技術、広大な土地、それを守る力。
しきたりや習わしに反発したこともあったのではないでしょうか。
それらを乗り越えて(震災も含め)生きる人たちの力強さを、
今回やっと気づくことができた気がする。
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この景色、きっと私の中で色褪せることはないでしょう。
子供たちの心にも、何かが残ったと信じたいです。(*^_^*)
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by powerfulmoririn | 2013-05-20 07:50 | 出かける

ふるさと

ここで生まれたわけではない。
ここで育ったわけでもない。
ただ、幼いころから何度か訪れたことのある母の実家。
ここに来ると、不思議と落ち着く。
なぜか帰ってきたような気がする場所・・・・
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前に来た時、次女はお腹の中でした。
長女は、2歳・・もちろんこの風景は覚えていないですから
初めてのようなものですね。
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「ぺんぺん草」 本で名前だけは知っていたようです。
初めて手にして、耳元で鳴らしてみた子供たち。
懐かしい優しい音がする・・・ママは学校帰りにこれで遊んでいたよ。
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田んぼの中ってどんな感じ?
「ぬるっとして、上の方の泥は温かくて、足が沈んでいくと下の泥は冷たい。」と長女。
帰り道は、靴を手に持ち、泥のついた足で裸足で家まで帰りました。
足の裏に土や石を直に感じて歩く・・人間も動物なんだな~(笑)
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田んぼの中にはカエルやザリガニがいたよ。
空にはひばりが鳴いている。
でも、どこにいるかわからない。都会と違い何もない空なのに、不思議と姿が見えない。
目を凝らすと、高い高い本当に高い空でくるくる回っている。
そして、田んぼの中の獲物を見つけて、真っ逆さまに降りてくる。
あ~すごいなぁ。 知らなかった、こんな風景。
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朝には鶏小屋に出かける。
卵、産んでる!!
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こんなに美味しい卵かけご飯、初めて!!
夕方には、庭に出てタラの芽や三つ葉、ニラを採る。
あっ、アスパラまである。
タラの芽はてんぷらにした。
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三つ葉は味噌汁に散らしていただいた。
味噌はもちろん自家製。新しい味噌より、赤くなった古い味噌が好き!
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ニラは卵とじ。甘い!!ニラってこんなに甘いの?
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アスパラ、北海道のよりおいしいかも(笑)
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自然を感じながら生きる事、忘れていたなぁ。
「買う」が当たり前の毎日の中で、
自然の恵みに感謝し、いただけることの喜びを忘れていた。

私が小さいころはヤギも飼っていた。朝にはお乳を搾って飲んだ。
母が幼いころは、蚕も飼っていたと聞いている。
糸を紡ぎ、織り、そして着物を縫う。
そんな生活をしていたころは、そんなに昔のことではないはずだ。
自ら「生産」し、そして「消費」する。
それは、「生きること」の原点ではないか。
あ~よかった。 またひとつ大切なことをここで思い出すことができた。
そして、子供に伝えることができた。
学校で作る田んぼや、幼稚園で作るジャガイモ畑。
体験したことのある子供は多いと思うが、それはただのイベントに過ぎない。
生活に密接した、「生きるため」の生産を、もっと今の子供に知って欲しい。
そんなことを思ったもりりんです。

まだ、つづくよ~(笑)
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by powerfulmoririn | 2013-05-15 10:36 | 出かける

生きる 2

従姉は石巻の海に近いところに住み、ある教室を開いていた。

二人のスタッフ、そして夫が手伝うその教室は、
その日も生徒たちが来ていた。

地震があったとき、彼女は用事があり違う場所にいたが、
強い揺れを感じ、教室のことを心配していた。
夫は生徒たちを帰し、彼女にメールをしていた。
「生徒、スタッフは無事に帰した。大丈夫だよ。」
しかし、夫はその場に留まっていたのだ。

彼女は毎日夫を探した。
避難所を、遺体安置所を、瓦礫の中を・・・。
毎日、毎日泣いて探した。

今となっては、なぜ留まったのか、
その行動の理由を語ってくれる本人はもういない。

ある日、県警のHPを見ていると夫の名前があった。
犠牲者の一覧にだ。
ポケットに身元のわかるものが入っていた。
夫は自宅から100mほど離れた場所で、泥に埋まっていたのだ。

どんな思いで、どれだけの涙を流して、彼女は夫と対面したのだろう。
後日、夫の行動を目撃していた人に話を聞くことができた。
夫は、屋根に登っていた。
もしかすると、そんなに大きい津波だとは思っていなかったのかもしれない。
いや、逃げても間に合わないと思ったのか・・・。
家に津波が達した時、その衝撃で家は傾き、夫は放り出された。
あとのことは、もちろん本人しかわからない。
彼女は言う。
泥に埋まってくれてよかった。
流されていたら見つからなかったかもしれない。

その後、彼女はまた教室を開いた。
しかし、虚しくて、もう何もかもが虚しくて、そしてやめた。
東京に住む娘のところに行き、全く違う仕事をして生きている。
石巻に戻ると、どこにも行けないという。
定年を迎えた夫と教室のないときはよくドライブをしていたから。
どこに行っても、彼を思い出す。

二年経った。
でも、テレビを見ていても、料理をしていても、
彼女の目はその物体を通り越し、
向こう側の何かを見ているような遠い目をしている。
そして、時折涙ぐんでいる。

10年ぶりに行った石巻。
親戚というのは集まるとホッとする。
温かい笑顔で私たちを迎えてくれる。
でも、その笑顔は以前のそれとはまったく違う。
つらいことを乗り越えた人だけが持つ、思いやりに満ちた笑顔。
そんな気がした。

人生観や自分自身の本質(根っこ)みたいな部分を、
強い衝撃で崩されたような旅行でした。
悲惨な出来事を、のどかな、本当にのどかな田舎の田園の中で聞き、
そのギャップに飲み込まれ、しばらく放心した状態でした。
そののどかな風景を次回から紹介していきたいと思います。
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by powerfulmoririn | 2013-05-08 08:40 | 考える

生きる

母の実家は石巻だ。
震災の爪痕が残る石巻に、母と娘たちと行ってきた。

私の年の離れた従兄は、津波にのまれ助かった人である。
その凄まじい恐怖の体験を、本人の口から直接聞いた。
私は、強い衝撃で打ちのめされ、まだその状態から戻れていない。


その日、従兄はJRに乗っていた。
結婚式に出席するため、親戚のおじいさんとおばあさんを連れていた。
そのJRの中で地震に遭った。
乗客は、指定避難場所である学校の体育館に避難することとなる。

体育館では、保護者の迎えを待つ子供たちがいた。
父や母が迎えに来て帰る子供たちを体育館の隅で見ていた。
「俺達はどこにいればいいんだろうな・・」
とステージ側に向かって歩いているその時、
誰かが 「津波だーっ」と叫んだ。
振り向くと、そこには雪で覆われた真っ白なグラウンドがあり、
その上を真っ黒な水が自動車さえも巻き込み、そして渦巻きながら
こちらに向かっていた。

「うわー 逃げろー」と走ろうとしたその足は、
たった・・・たった二歩しか進まなかった。
強い衝撃と共に、彼は黒い水にのまれた。
もがいていたはずだ。苦しかったはずだ。
「俺は死ぬ。ポケットには何も入っていない。
 身元不明だな・・。」
そんな事を思い、着ていたコートのファスナーを下げた時、
体が、ぶわーっと浮いた。
コートの中に水が溜まっていて体を沈めていたのではないかと彼は言う。
とにかく浮いた。そして、泳いだ。
気温はマイナス5度。
近くに浮いていた親戚のおばあさんを肩につかまらせ、30分泳いだ。
4mの深さの黒い水を泳ぎながら、おじいさんを探した。
どうやら階段近くにいた彼は、津波に押され上の階に上がったらしい。
自分を見下ろしている姿が見える。
「助かった。」・・・そう思うのも束の間、ここから地獄は始まった。

マットが流れてきた。凍える手でそれにしがみ付くのは容易ではないが
とりあえずそれに頼ることにした。
近くでは父親らしき人が子供をマットに乗せた。そして力尽き・・・沈んだ。
幕につかまり、息絶えている人もいる。
人間てこんな声が出せるんだ・・・そう感じたという今も耳に残る
「助けてー」という叫び声。子供の叫び声は特に残る。
映画やドラマで聞くような叫び声とはまったく違う。
本当に地獄だった。

消防団が駆けつけた時、おばあさんを病院に運んでもらった。
あと30分遅れたら、命はなかったという。
後にわかった事だか、
名前を聞かれても意識がもうろうとし答えられなかったおばあさんは、
「身元不明、推定年齢90才」と書かれたバンドを足にはめられていた。
実際は、76歳だというのに。

生きている人はどうにか教室に避難できたが、
おじいさんの姿が見えない。探し回るが見つからない。
無事を祈りつつ、彼は恐怖の一夜をそこで過ごす事になる。
ずぶ濡れになった体を、容赦なく夜の寒さが突き刺す。
寒さとのたたかい。震えが止まらない。しかし、それを通り越すと
足元から温かい感覚が体を包みだすのだという。
眠い・・・今度は睡魔とのたたかいだ。
眠ってしまえばすべてがおしまいである。
眠らないようにずっと教室の端に立っていた。何度も前のめりになる。
隣で震えていた人が静かになった。
しばらくすると鼾が聞こえた。「あぁ・・・」と胸が詰まる。
数十分後、鼾が消えていく。
その現象を一晩でいくつ耳にしたのだろう。

朝になると、すぐ近くにおじいさんはうずくまっていた。
生きていた。

数日後には、体じゅうに発疹がみられた。
黒い水を飲みこんだとき、いろいろをなものを一緒に飲み込んだからだ。

生死を分けるもの。 それは何なのだろう。
奥さんも、息子も病気で亡くしていた。
「でも、俺は黒い水にのまれても、地獄を見て戻ってきた。」
なぜ生かされたんだろう。
俺の肩で叫んでいたおばあさんが、もし・・息絶えていたなら・・
俺は、その声を耳に残し生きていかなければならなかったのか。
さまざまな思いが彼の中で渦巻いて、そしてそれは消えることはない。

標高56.4mの日和山から見下ろした石巻の海岸に、瓦礫はもうなかった。
しかし、その場所で私のもうひとりの従妹は夫をなくした。
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by powerfulmoririn | 2013-05-07 08:01 | 考える

子供のちから

想像してみる。

小さいときから母親のいない子供はどんな生活をしてきた?

お父さんが夜中に帰ってくるまで、何して過ごした?

家庭内にトラブルのある子供の心はどんなふう?

やり場のない不安や怒りを抱えていない?

ねえ、あなたたちの生活ってどんなふうか聞かせてほしい。

お風呂入った? ご飯は何食べた?

爪、一人で切れる? 耳掃除は最近いつしたの?

宿題の音読、誰か聞いてくれてる?

することがないからってゲームばかりしていない?

おやつの時間を決めないと、いつも食べている状態になるよ?

虫歯ひどいんじゃない? 

前髪長いよ? 視力落ちちゃうよ?

髪の毛、かわいいリボンで結んで欲しくない?

もう三年生だね、指しゃぶりそろそろやめられるかな?

中学生だね、野球部か~ 坊主頭にしなきゃならないよね?

五年生だね、中学二年生だね、女の子だから体の変化感じてるかな?

学校の提出物、ちゃんと出した?

終わりのない質問の数々・・・
自分の子供にはしたことのない質問ばかりがたくさん並ぶ。

でも、そんな質問は関係ないのかな。
親がやってくれる、管理してくれると思っている子がいっぱいの環境で、
やってもらえないことがたくさんあっても、しっかりと生きている。
ちゃんと笑顔で楽しく生きてる。
えらいなぁ。すごいなぁ。 感動しちゃうなぁ。

車で送迎したら、「お願いします!」「ありがとうございます!」と、ちゃんと言う。
そんな子供たちと話すとき、
面倒くさいから、私はつい自分のこと「ママはね・・」と言っちゃう。
でも、子供たちは絶対「ママ」とは呼ばない。
きちんとラインを自分から引いている。 それって幼い子にはすごいことだと思う。

でもね、ママじゃないけどいろいろさせて。
前髪切るよ!爪も切らせて!
バリカンで坊主頭にだってしちゃうよ!
たまに一緒に宿題しようよ!
わがまま言ったら、叱る時もあるよ!
お風呂だって一緒に入るよ!

「おっぱいって揺れるんだね・・・」と、ある子が言った。
そうか、初めて見たんだね。 

もしかしたら、
私の思い上がりで勝手なことをしているのではないか。
本当にこの子たちのためになるのか。
そう、悩んでしまうこともある。

親にはなれない。
金銭的な援助はできない。
一生、面倒見ることもできない。

それでも、人生のほんの一部に関わり、ちょっとだけ手助けしたい。

自分の娘たちが、普通に一緒に過ごしていることがうれしい。
ハラハラすることもあった。
「指しゃぶりした手で、私のものに触らないで!
 もう、指しゃぶりやめなさい!」と、次女が言った。
泣いちゃうかと思った。  ケンカになるかと思った。
でも、その後次女は、
「ね、みんな嫌だな~と思うことはあるんだから、
     お互いに気を付ければいいんだよ。」と。
そして、また二人は普通に会話し、笑っていた。
子供同士で学ぶこと、多いな~って思った。
心の成長は、自然に任せることなんだな。
所詮、大人が子供を育てるということは、
自分自身でできない行動を少し手伝うことなんだな。

よし、だったら耳掃除、爪切りなどを手伝うことはよし!と決め、
悩むのをやめた。
あとは、たまに抱きしめさせてね。

あなたたちのような子を見守る大人がもっと増えるといいね。

この子たちのことで、一緒に行動してくれる愛すべき友人がいる。
私は幸せだ。
その友人と子供たちに囲まれていると、良い時間が流れる。
忙しくても、いっぱいいっぱいの毎日でも、
この子たちと自分の子供と友人に元気をもらい、過ごす毎日。
幸せだな、私は。
子供ってすごい。 本当にすごい。 
ありがとう、こんな気持ちを教えてくれて。
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by powerfulmoririn | 2013-05-01 08:27 | 考える